ボンネビルレコードは、南関東競馬を軸に長くダート重賞戦線で存在感を示し、2007年の帝王賞と2008年のかしわ記念を制した競走馬です。
検索する人の多くは、単に勝ち鞍だけでなく、どんな血統の馬だったのか、どのレースが代表戦なのか、なぜ大井競馬のファンに強く記憶されているのかまで知りたいはずです。
この名鑑では、公式データで確認できるプロフィールや通算成績を整理しながら、3歳時の台頭、古馬になってからの頂点、ライバルとの対戦、引退後の誘導馬としての歩みまでを一頭の物語として追っていきます。
ボンネビルレコードは派手な連勝街道だけで語られる馬ではなく、強豪がそろう時代に何度も大舞台へ挑み、敗れても立て直し、年齢を重ねても見せ場を作り続けたところに大きな魅力があります。
ボンネビルレコードとは?
ボンネビルレコードとは、父アサティス、母ダイワスタン、母父マルゼンスキーという血統を持ち、北海道門別で生まれた鹿毛のダート馬です。
大井競馬所属馬としてキャリアを始め、のちに中央所属を経験し、再び大井へ戻るという歩みをたどりながら、地方と中央の交流重賞で長く戦い続けました。
代表的な勝ち鞍は2007年の帝王賞、2008年のかしわ記念、2008年の日本テレビ盃であり、数字だけでなく南関東のファンの記憶にも残る名馬です。
基本プロフィール
ボンネビルレコードを理解するうえで最初に押さえたいのは、地方の大井で鍛えられながら中央の強豪とも互角に近い勝負を重ねた、南関東らしいタフさを持つダート馬だったという点です。
プロフィール上は2002年3月12日生まれ、鹿毛、父アサティス、母ダイワスタン、母父マルゼンスキー、生産者は浜本幸雄氏、馬主は塩田清氏で、競走成績は国内74戦9勝と記録されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 馬名 | ボンネビルレコード |
| 欧字表記 | Bonneville Record |
| 生年月日 | 2002年3月12日 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 父 | アサティス |
| 母 | ダイワスタン |
| 母父 | マルゼンスキー |
| 主な所属 | 大井、JRA美浦、大井 |
基本情報を確認する場合は、JBISサーチや地方競馬情報サイトの競走成績を合わせて見ると、出走歴と血統の両面から全体像をつかみやすくなります。
代表勝ち鞍
ボンネビルレコードの代表勝ち鞍として最も大きいのは、2007年6月27日に大井ダート2000メートルで行われた帝王賞の勝利です。
この帝王賞ではブルーコンコルドを相手に接戦を制し、地方競馬出身のダート馬として大舞台で頂点に立ったことで、ボンネビルレコードの名前が全国の競馬ファンに広く知られるようになりました。
- 2005年黒潮盃
- 2005年東京記念
- 2006年サンタアニタトロフィー
- 2007年金盃
- 2007年帝王賞
- 2008年かしわ記念
- 2008年日本テレビ盃
重賞7勝という実績は、単に一度だけはまった馬ではなく、3歳時から古馬になってからまで複数の条件で能力を示し続けた馬だったことを物語っています。
通算成績
通算成績は74戦9勝で、地方競馬では65戦9勝、中央競馬では9戦0勝ながら3着1回という記録が残っています。
勝率だけを見ると突出した数字に見えないかもしれませんが、帝王賞、かしわ記念、JBCクラシック、東京大賞典、川崎記念、日本テレビ盃など、出走した舞台の多くが高いレベルだった点を考える必要があります。
| 区分 | 成績 | 特徴 |
|---|---|---|
| 生涯 | 74戦9勝 | 10歳まで現役 |
| 地方 | 65戦9勝 | 重賞実績が中心 |
| 中央 | 9戦0勝 | オープン3着あり |
| 主な距離 | 1600から2600メートル | 幅広いダート戦で好走 |
数字を読むときは、勝利数だけではなく、2着10回、3着10回という安定した入着回数や、年齢を重ねても交流重賞で掲示板に届いた粘り強さにも目を向けると評価が変わります。
主戦騎手
ボンネビルレコードを語るうえで欠かせない存在が、大井の名手として知られる的場文男騎手です。
的場騎手は3歳時から多くの重要レースで手綱を取り、帝王賞制覇やかしわ記念制覇の場面でもコンビを組んでいたため、ボンネビルレコードのイメージは大井、的場文男、差し脚という要素と強く結びついています。
特に帝王賞では、直線で内を突いて前を捕らえる形が印象的で、ただ力任せに押し切るのではなく、馬の持ち味と騎手の判断が重なった勝利として語り継がれています。
長く競走生活を続けた馬は複数の騎手と組むことも珍しくありませんが、ボンネビルレコードの場合は的場騎手との名コンビ感が強く、引退後のファン人気にもその関係性が影響しています。
得意条件
ボンネビルレコードの得意条件は、南関東のダート中距離から長距離を中心に考えると理解しやすいです。
勝ち鞍には大井ダート1800メートルの黒潮盃、大井ダート2400メートルの東京記念、大井ダート2000メートルの金盃と帝王賞、船橋ダート1600メートルのかしわ記念、船橋ダート1800メートルの日本テレビ盃が並びます。
- 大井ダート2000メートル
- 船橋ダート1600メートル
- 船橋ダート1800メートル
- 大井ダート2400メートル
- 大井ダート2600メートル
マイルから長距離まで対応した点は大きな強みでしたが、どの条件でも先行力だけで押し切るタイプではなく、流れに乗って最後に長く脚を使う競馬が持ち味でした。
大井との縁
ボンネビルレコードは大井所属でデビューし、南関東クラシックや古馬重賞を通じて力をつけていったため、大井競馬場との縁が非常に深い馬です。
2005年の羽田盃5着、東京ダービー4着、ジャパンダートダービー3着という流れは、勝ち切れない時期を経験しながらも世代上位の力を証明した重要なステップでした。
その後に黒潮盃と東京記念を勝ったことで、クラシックで届かなかった悔しさを古馬混合や3歳重賞で晴らし、翌年以降の大舞台挑戦につながる土台を作りました。
引退後に大井競馬場の誘導馬となったことも含めると、ボンネビルレコードは競走馬としても功労馬としても大井の風景に長く刻まれた存在です。
引退後の歩み
ボンネビルレコードは競走馬引退後、2013年6月26日に大井競馬場で誘導馬としての仕事を始め、約9年間にわたってレース前の馬場を歩きました。
2007年に制した思い出の帝王賞当日である2022年6月29日を最後に誘導馬生活を終え、その後は北海道日高町の牧場で余生を過ごすことになったと東京シティ競馬や功労馬情報で紹介されています。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2012年 | 競走生活の最終盤 |
| 2013年 | 大井で誘導馬デビュー |
| 2022年 | 帝王賞当日に誘導馬を引退 |
| 2025年更新情報 | Web展示功労馬として紹介 |
現役時代の強さだけでなく、競走生活後もファンに姿を見せ続けた点が、ボンネビルレコードを単なる過去の重賞馬ではなく、長く愛された一頭として印象づけています。
戦績から見るボンネビルレコードの強さ

ボンネビルレコードの強さは、勝ったレースだけを抜き出すよりも、どの時期にどんな相手と走っていたかを追うことでより立体的に見えてきます。
3歳時は南関東クラシック路線でシーチャリオットやカネヒキリとぶつかり、古馬になってからはブルーコンコルド、フリオーソ、ヴァーミリアン、カネヒキリ、スマートファルコンなど時代を代表する馬たちと対戦しました。
勝利数以上に評価したいのは、強豪相手に敗れても大きく崩れず、条件が合えば再び勝ち負けに持ち込める精神面と持久力です。
3歳時の台頭
3歳時のボンネビルレコードは、羽田盃5着、東京ダービー4着、ジャパンダートダービー3着という形で、南関東クラシックの主役候補に近い位置まで浮上しました。
当時のジャパンダートダービーには後にダート界を代表する存在となるカネヒキリが出走しており、その中で3着に入ったことは、早い段階から全国級の素質を持っていた証拠といえます。
- 羽田盃5着
- 東京ダービー4着
- ジャパンダートダービー3着
- 黒潮盃1着
- 東京記念1着
その後に黒潮盃と東京記念を勝った流れは、クラシックで惜敗した馬が成長を止めず、距離延長や古馬相手の条件でも力を発揮できるようになったことを示しています。
帝王賞の勝利
2007年の帝王賞は、ボンネビルレコードの競走馬人生を象徴する最大の一戦です。
大井ダート2000メートルという舞台は、地方馬にとってホームの利がある一方で、中央や他地区の強豪も集まるため、地力、折り合い、位置取り、仕掛けの精度がすべて問われます。
| 年 | レース | 着順 | 主な相手 |
|---|---|---|---|
| 2006年 | 帝王賞 | 5着 | アジュディミツオー |
| 2007年 | 帝王賞 | 1着 | ブルーコンコルド |
| 2008年 | 帝王賞 | 2着 | フリオーソ |
| 2009年 | 帝王賞 | 3着 | ヴァーミリアン |
| 2010年 | 帝王賞 | 3着 | フリオーソ |
帝王賞で1着、2着、3着、3着、4着、5着と複数年にわたり上位争いを続けた事実は、一発の勝利ではなく大井2000メートルへの高い適性を裏づけています。
かしわ記念の価値
2008年のかしわ記念は、ボンネビルレコードにとって2つ目の大きなタイトルとなった重要なレースです。
船橋ダート1600メートルは大井2000メートルとは求められる資質が異なり、序盤の位置取り、コーナーでの反応、直線での加速力がより強く問われるため、ここを勝ったことで距離適性の幅を示しました。
相手にはブルーコンコルドがいて、前年の帝王賞と同じく強い実績馬を破っての勝利だったことから、ボンネビルレコードの評価は大井専用の中距離馬にとどまらないものになりました。
かしわ記念後には帝王賞でも2着に好走しており、2008年前半から秋の日本テレビ盃勝利までの流れは、同馬のキャリアでも最も充実していた時期といえます。
血統から読むボンネビルレコードの個性
ボンネビルレコードの血統を見ると、父アサティス、母父マルゼンスキーという構成から、ダート向きの底力と日本競馬で長く評価されてきたスピードの支えを感じ取れます。
血統だけで競走能力のすべてを説明することはできませんが、実際の戦績と照らし合わせると、長い距離でも踏ん張れる持久力と、マイルでも勝てる反応のよさが同居していた点は見逃せません。
ここでは父系、母系、距離適性の3つに分けて、ボンネビルレコードの走りにどんな特徴が表れていたのかを整理します。
父アサティス
父アサティスは、ダートでのスタミナやパワーを伝える種牡馬として知られ、日本の地方競馬やダート路線で存在感を示した血を持っています。
ボンネビルレコードが大井や船橋の深いダートで長く走り、2000メートル以上の重賞でも何度も好走したことを考えると、父系から受け継いだ持続力は大きな武器だったと考えられます。
- ダート向きの力強さ
- 中距離以上への対応力
- 年齢を重ねても走れる頑健さ
- 一瞬より長く脚を使う個性
アサティス産駒らしい特徴をそのまま単純に当てはめるのではなく、ボンネビルレコード自身が競馬場と距離の違いに対応しながら結果を積み上げた点を合わせて見ることが大切です。
母系の支え
母ダイワスタンの父にはマルゼンスキーが入り、ボンネビルレコードの血統には日本競馬で強い影響を残したスピード血脈も含まれています。
ダート中長距離で結果を出した馬という印象が強い一方で、2006年のサンタアニタトロフィーや2008年のかしわ記念を勝っているように、1600メートルの流れにも対応できたところがこの馬の面白さです。
| 血統要素 | 見えた特徴 |
|---|---|
| 父アサティス | 持久力とパワー |
| 母ダイワスタン | 底力の支え |
| 母父マルゼンスキー | スピードの下地 |
| 実戦成績 | 距離の幅広さ |
血統表の名前だけで見ると渋い印象を受けるかもしれませんが、実際には重い馬場、良馬場、マイル、長距離に対応した万能性のあるダート馬として完成しました。
距離適性の幅
ボンネビルレコードの距離適性は、1600メートルから2600メートルまで重賞級の成績がある点に大きな特徴があります。
1600メートルではサンタアニタトロフィーとかしわ記念を勝ち、1800メートルでは黒潮盃と日本テレビ盃を勝ち、2000メートルでは金盃と帝王賞を勝ち、2400メートルでは東京記念を勝っています。
これだけ幅広い距離で結果を残すには、単なるスピードやスタミナだけでは足りず、レースの流れを受け止めて自分の脚を使う賢さと、厳しい展開でも集中を切らさない精神面が必要です。
現代の競馬では距離専門性がより重視されがちですが、ボンネビルレコードは南関東の多様な重賞体系に合わせて力を発揮した、いかにも地方ダートの名馬らしい適応力を持っていました。
記憶に残るライバル関係

ボンネビルレコードのキャリアを振り返ると、強豪との対戦が非常に多く、そのぶん勝利の価値や敗戦の意味が深くなっています。
特にブルーコンコルド、フリオーソ、カネヒキリ、ヴァーミリアン、スマートファルコンといった名前は、同馬の戦績を読むうえで避けて通れない存在です。
ライバル関係を整理すると、ボンネビルレコードがどの時代のどのレベルで戦っていたのかが見え、単なる地方重賞馬ではなく全国区のダート戦線に身を置いた馬だったことがわかります。
ブルーコンコルド
ブルーコンコルドは、ボンネビルレコードの代表勝利を語るうえで最も印象的な相手の一頭です。
2007年の帝王賞ではボンネビルレコードがブルーコンコルドを破って頂点に立ち、2008年のかしわ記念でも同じ相手を下しているため、キャリアのハイライトに2度も関わっています。
- 2007年かしわ記念ではブルーコンコルドが先着
- 2007年帝王賞ではボンネビルレコードが勝利
- 2008年かしわ記念でもボンネビルレコードが勝利
- 交流重賞の大舞台で対戦が続いた
一度敗れた相手に次の大舞台で勝ち、その後も再び退けた流れは、ボンネビルレコードの勝負強さと成長を象徴しています。
フリオーソ
フリオーソは、ボンネビルレコードが古馬として充実期を迎えた後に立ちはだかった南関東の大きなライバルです。
2008年のダイオライト記念ではフリオーソに敗れて2着となり、同年の帝王賞でもフリオーソに0秒2差の2着でしたが、秋の日本テレビ盃ではボンネビルレコードがフリオーソを相手に勝利しました。
| 対戦 | 結果 | 意味 |
|---|---|---|
| 2008年ダイオライト記念 | 2着 | 長距離で接戦 |
| 2008年帝王賞 | 2着 | 王者として惜敗 |
| 2008年日本テレビ盃 | 1着 | 雪辱の重賞勝利 |
| 2010年帝王賞 | 3着 | 高齢でも好走 |
フリオーソとの関係は世代交代の物語としても読めますが、ボンネビルレコードが一方的に押されるだけでなく、しっかり勝ち返している点がこの馬のしぶとさを際立たせています。
強豪世代との接点
ボンネビルレコードは、カネヒキリ、ヴァーミリアン、スマートファルコン、エスポワールシチーといったダート史に残る強豪とも同じ舞台で走っています。
2005年のジャパンダートダービーではカネヒキリの3着、2009年の帝王賞ではヴァーミリアンの3着、2011年の帝王賞ではスマートファルコンの4着と、相手関係の濃いレースで存在感を示しました。
これらの馬にすべて勝ったわけではありませんが、名馬級の相手がそろうレースで何度も上位に食い込んだことは、ボンネビルレコードの地力を評価するうえで重要です。
競走馬名鑑として見るなら、勝ち鞍だけでなく、敗れた相手の強さまで含めて読むことで、同馬がどれほど高いレベルの路線に身を置いていたかが理解できます。
ボンネビルレコードが愛され続ける理由
ボンネビルレコードは、帝王賞とかしわ記念を勝った実績だけでなく、南関東で育ち、中央でも戦い、大井へ戻り、引退後は誘導馬としてファンの前に立ち続けた歩みそのものが魅力です。
74戦9勝という成績は、無敗の名馬や圧倒的な連勝馬とは異なる味わいを持ち、敗戦を重ねても大舞台へ戻ってくる姿がファンの記憶に残りました。
特に大井2000メートルの帝王賞で何度も好走した点は、この馬が一度だけ輝いた存在ではなく、同じ舞台で長く信頼できる力を見せた証拠です。
さらに、誘導馬として約9年間も大井競馬場で働いたことにより、現役時代を知らないファンにも親しまれ、競走馬としての栄光と功労馬としての穏やかな姿が重なった存在になりました。
ボンネビルレコードを名鑑で振り返る価値は、勝ったレースの記録を確認することだけでなく、地方競馬の厳しさ、交流重賞の熱量、名手との絆、引退後も続く馬とファンの関係を一頭の歴史として感じられるところにあります。



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