キョウエイグリーンは、1970年代前半の中央競馬で短距離からマイルを中心に存在感を示した牝馬です。
現在の競馬ファンが名前を調べると、安田記念、スプリンターズステークス、35戦11勝という数字が目に入りやすい一方で、当時の重賞体系や馬齢表記、レースの格付けが現在とは異なるため、単に現代のG1勝ち馬と同じ感覚で読むと少し誤解が生まれます。
特にキョウエイグリーンは、クラシック路線だけで評価するよりも、2歳時の完成度、3歳春以降の粘り、古馬になってからのスピード持続力、そして東京1600メートルでの安田記念制覇までをひとつの流れとして見ると魅力が伝わりやすい馬です。
この記事では、競走馬名鑑としてキョウエイグリーンの基本情報、主な勝ち鞍、年度別成績、血統、産駒と牝系、調べる際の注意点を整理し、当時の馬を現代の視点で味わうための読み方まで解説します。
キョウエイグリーンは短距離からマイルで輝いた名牝
キョウエイグリーンを一言で表すなら、早い時期から高い完成度を見せ、短距離からマイルを軸に長く活躍したスピード型の名牝です。
JBISサーチでは「キヨウエイグリーン」という表記で掲載され、1969年3月28日生まれ、鹿毛、鵡川産、父マタドア、母リユウカオルの牝馬として基本情報が確認できます。
国内成績は35戦11勝で、総賞金は9067.9万円と記録されており、1971年から1974年まで毎年勝利を挙げた点もこの馬の大きな特徴です。
現代のファンが注目すべきなのは、単発の大レース勝利だけでなく、2歳時から古馬期までスピード能力を維持しながら複数の舞台で結果を残した持続性です。
基本プロフィール
キョウエイグリーンの基本情報を見ると、登録は繁殖、品種はサラブレッド、性別は牝、毛色は鹿毛、産地は鵡川産とされています。
馬主は松岡正雄氏、調教師は美浦の境勝太郎調教師で、中央競馬の舞台を中心に1970年代前半の牝馬戦線と短距離戦線を走りました。
父マタドアはイギリス産馬で、母リユウカオルはヒンドスタンを父に持つ日本の繁殖牝馬であり、輸入血統と国内で育った牝系が重なる配合でした。
プロフィールだけを見ると地味に映るかもしれませんが、35戦11勝という数字は、消耗の激しい短距離やマイルのレースを重ねながら勝ち切る力を示す重要な材料です。
表記の違い
検索では「キョウエイグリーン」と入力されることが多い一方で、JBISサーチなどの競走馬データベースでは「キヨウエイグリーン」と表記されます。
これは古い競走馬名のデータ表記で小書きの「ョ」を使わずに登録されている例があるためで、同じ馬を調べていても表記の違いで検索結果が分かれることがあります。
| 調べる表記 | 見つかりやすい情報 |
|---|---|
| キョウエイグリーン | 一般的な読み方や解説記事 |
| キヨウエイグリーン | データベース上の正式掲載情報 |
| Kyoei Green | 英字表記や海外向けデータ |
名鑑として正確に調べたい場合は、一般表記とデータベース表記の両方で確認すると、戦績、血統、繁殖情報を拾いやすくなります。
2歳時の完成度
キョウエイグリーンは1971年に6戦して4勝、2着1回という高い安定感を見せ、早い段階からスピードと実戦力を示しました。
主な成績には中山芝1600メートルの3歳牝馬ステークスと東京芝1200メートルのいちよう特別があり、短距離とマイルの両方で勝っていた点が目を引きます。
当時の馬齢表記では3歳とされていますが、現在の表記に置き換えると2歳シーズンにあたり、早期から完成度の高さを見せていたことになります。
この時点で単なる短距離専用馬ではなく、速い流れに対応しつつマイルまでこなす下地があったため、翌年以降の牝馬クラシック路線にも挑むことができました。
クラシック期の粘り
1972年のキョウエイグリーンは11戦1勝という数字だけを見ると前年より勢いが落ちたように見えますが、内容面では牝馬戦線の上位で粘っています。
桜花賞では5着に入り、クイーンステークスでは2着、スプリンターズステークスと牝馬東京タイムズ杯では3着に入っており、勝ち切れない時期にも大きく崩れなかったことが分かります。
この時期は距離や相手関係の幅が広く、芝1600メートルから2000メートルまでのレースに対応していたため、短距離寄りのスピード馬としては負荷の大きい挑戦でもありました。
勝利数が少ない年でも掲示板級の内容を積み上げた点は、のちに古馬になって再び大きな勝利をつかむための経験値として評価できます。
1973年の飛躍
キョウエイグリーンが最も勝ち星を伸ばしたのは1973年で、11戦5勝、2着2回という充実した成績を残しました。
この年は中山牝馬ステークス、短距離ステークス、スプリンターズステークスを勝っており、牝馬限定の中距離寄りの舞台からダート1200メートル、芝1200メートルまで幅広く結果を出しています。
- 中山牝馬ステークス勝利
- 短距離ステークス勝利
- スプリンターズステークス勝利
- 年間11戦5勝
とくに芝1200メートルのスプリンターズステークス制覇は、キョウエイグリーンのスピード能力を象徴する勝利として名鑑で押さえておきたいポイントです。
安田記念の価値
1974年の安田記念勝利は、キョウエイグリーンを語るうえで最も大きな実績として扱われます。
JBISサーチの主な成績では、1974年6月9日の東京芝1600メートル安田記念で1着となり、2着馬としてスモールキングの名が記録されています。
現在の安田記念は春のマイルG1として知られますが、日本中央競馬会の競馬用語辞典ではグレード制は1984年より格付けされた制度と説明されているため、1974年当時の勝利を現代のG1表記へ単純に置き換えるのは慎重であるべきです。
それでも東京芝1600メートルの大レースを牝馬が勝ち切った事実は重く、短距離だけでなくマイルでも一線級の能力を示した勝利として評価できます。
得意距離の見方
キョウエイグリーンの得意距離を読むときは、1200メートルだけに限定せず、1600メートルまでを含むスピード持続型として見るのが自然です。
主な勝ち鞍には芝1200メートルのスプリンターズステークス、芝1600メートルの安田記念、芝1800メートルの中山牝馬ステークスが並び、単純な短距離専門馬とは言い切れません。
ただしオークスのような2400メートルでの強調材料は薄く、クラシック全距離を万能にこなした馬というより、スピードを武器にマイル前後で持ち味を発揮した馬と考えると理解しやすくなります。
競走馬名鑑で距離適性をまとめるなら、主戦場は1200メートルから1600メートルで、1800メートルまでは展開や相手次第でこなした牝馬という表現が現実的です。
評価の分かれ目
キョウエイグリーンの評価で迷いやすいのは、現代のG1勝利数だけを基準にしてよいのかという点です。
1970年代前半はグレード制導入前であり、現在のG1、G2、G3という枠組みで当時の勝ち鞍をそのまま比較すると、レース体系の違いを見落とします。
一方で、安田記念とスプリンターズステークスという現在も大きな意味を持つレース名に勝っていることは、歴史的な知名度や名鑑上の見栄えを高める大きな要素です。
そのためキョウエイグリーンは、現代的なタイトル換算よりも、当時の短距離からマイル戦線で長く勝ち続けた牝馬として評価するのが最も納得しやすい見方です。
名鑑での要点
キョウエイグリーンを短く紹介するなら、1969年生まれの鹿毛牝馬で、父マタドア、母リユウカオル、中央35戦11勝の成績を残したスピード型の実力馬です。
主な勝ち鞍として安田記念、スプリンターズステークス、中山牝馬ステークス、3歳牝馬ステークスを挙げると、早期完成度と古馬での底力の両方が伝わります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年 | 1969年 |
| 性別 | 牝馬 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 戦績 | 35戦11勝 |
| 代表的勝利 | 安田記念 |
名鑑で読み手に伝えるべき核は、華やかなレース名だけではなく、2歳から5歳春にあたる時期まで毎年勝ち星を重ねた息の長さです。
キョウエイグリーンの成績を年ごとに読む

キョウエイグリーンの成績は、年度別に追うと魅力がかなり分かりやすくなります。
1971年に高い勝率で頭角を現し、1972年に牝馬クラシックや重賞級の相手に揉まれ、1973年に短距離からマイル寄りの舞台で大きく勝ち星を増やし、1974年に安田記念で代表的な勝利をつかみました。
勝ち鞍だけを抜き出すとスピード馬の印象が強くなりますが、年度ごとの変化を見ると、早熟一辺倒ではなく、経験を重ねて古馬期にもう一段評価を高めた馬だと分かります。
年度別成績
年度別の累計成績を見ると、キョウエイグリーンがどの時期に勢いを見せ、どの時期に相手関係の厳しさへ対応していたかが読み取れます。
JBISサーチでは1971年が6戦4勝、1972年が11戦1勝、1973年が11戦5勝、1974年が7戦1勝と記録され、合計は35戦11勝です。
| 年 | 出走 | 1着 | 2着 | 3着 |
|---|---|---|---|---|
| 1971年 | 6 | 4 | 1 | 0 |
| 1972年 | 11 | 1 | 2 | 2 |
| 1973年 | 11 | 5 | 2 | 0 |
| 1974年 | 7 | 1 | 0 | 2 |
| 合計 | 35 | 11 | 5 | 4 |
勝利数の山は1971年と1973年にありますが、1974年の1勝が安田記念であるため、質の面では最終年にも大きな意味があります。
主な勝ち鞍
キョウエイグリーンの主な勝ち鞍は、距離と開催場を合わせて見ると個性がよりはっきりします。
短距離のスピードだけでなく、中山、東京、札幌と異なる競馬場で勝っているため、特定条件だけに依存した馬ではありません。
- 1971年いちよう特別
- 1971年3歳牝馬ステークス
- 1973年中山牝馬ステークス
- 1973年短距離ステークス
- 1973年スプリンターズステークス
- 1974年安田記念
名鑑では代表勝利を安田記念に置きつつ、スプリンターズステークスと中山牝馬ステークスを添えると、スピードと持続力の両方が伝わります。
敗戦から見える強さ
キョウエイグリーンの成績は勝ったレースだけでなく、負けたレースにも読む価値があります。
1972年の桜花賞5着、クイーンステークス2着、スプリンターズステークス3着、牝馬東京タイムズ杯3着は、勝利に届かないながらも上位争いへ加わったことを示します。
スピード型の牝馬が距離や相手関係の広いレースを使われながら掲示板級の走りを残していた点は、単なる一発型ではないことの証拠です。
敗戦歴を含めて見ると、キョウエイグリーンは得意条件で強かっただけでなく、苦しい条件でも大きく崩れにくい競走馬だったと評価できます。
キョウエイグリーンの血統が示す強み
キョウエイグリーンの血統は、父マタドアの輸入血統と、母リユウカオルを通じたヒンドスタンの血を組み合わせたものです。
競走成績から受ける印象はスピード型ですが、母系にヒンドスタンが入ることで、単純な短距離一辺倒ではない底力や持続力を想像しやすくなります。
もちろん血統だけで競走能力を断定することはできませんが、1200メートルから1800メートルまで勝ち鞍がある成績と照らすと、スピードを軸にしながら幅を持った馬だったことが見えてきます。
父マタドア
父マタドアはイギリス産の栗毛馬としてJBISサーチの血統情報に記載され、キョウエイグリーンの父として重要な位置にあります。
キョウエイグリーンの競走ぶりを血統から眺めると、軽快なスピードを早い時期から発揮した点が父系のイメージと結び付けられます。
| 血統項目 | 馬名 |
|---|---|
| 父 | マタドア |
| 父の父 | Golden Cloud |
| 父の母 | Spanish Galantry |
| 母 | リユウカオル |
血統表を読む際は、父名だけを覚えるよりも、キョウエイグリーンが早期から短距離とマイルで勝った事実とセットで考えると理解が深まります。
母リユウカオル
母リユウカオルは鹿毛の牝馬で、父にヒンドスタンを持つ繁殖牝馬として記録されています。
ヒンドスタンは日本競馬史で大きな影響を残した輸入種牡馬として知られ、母系にその血があることはキョウエイグリーンの奥行きを考える材料になります。
- 母はリユウカオル
- 母父はヒンドスタン
- 母系には国内生産の流れがある
- スピードと持続力を併せて見たい配合
キョウエイグリーンが1200メートルだけでなく1600メートルや1800メートルでも結果を出した背景には、母系から受けた底力も一定程度関係していたと考える余地があります。
繁殖成績の見方
キョウエイグリーンは引退後に繁殖牝馬として登録され、JBISサーチの牝系情報ではインターハリケーン、ダヤリーシロー、ゲイリーギャロップ、キヤンデイシロー、セントグリーンなどの産駒や後代が確認できます。
ただし競走馬としての実績ほど、繁殖牝馬として大きなタイトルを持つ代表産駒が広く知られているわけではありません。
そのため名鑑で扱う際は、産駒成績を大きく持ち上げるより、競走馬としての実績を中心に置き、繁殖情報は補足として整理するのが自然です。
後代に多くの馬名が並ぶこと自体は牝系研究の入口になりますが、キョウエイグリーンの名を強く残している理由は、やはり自身の安田記念とスプリンターズステークスの勝利にあります。
キョウエイグリーンを名鑑で調べる視点

古い時代の競走馬を調べるときは、現代の競走馬データを見るときよりも注意する点が多くなります。
キョウエイグリーンの場合、馬名表記、馬齢表記、グレード制の有無、レース条件の変化を整理しておくと、成績の意味を誤解しにくくなります。
検索結果で見つかる数字をそのまま並べるだけでなく、どの制度のもとで走った馬なのかを踏まえることが、競走馬名鑑としての読みやすさにつながります。
参照したい情報源
キョウエイグリーンの基本情報を調べるうえで中心にしたいのは、競走馬データベースに掲載された血統、プロフィール、年度別成績、主な成績です。
特にJBISサーチのキヨウエイグリーン掲載ページでは、生年月日、血統、馬主、調教師、戦績、総賞金、主な勝ち鞍をまとめて確認できます。
| 情報 | 確認する理由 |
|---|---|
| 基本情報 | 馬の同定に必要 |
| 血統情報 | 父母を確認できる |
| 年度別成績 | 成長曲線を読める |
| 主な成績 | 代表レースを押さえられる |
またグレード制の扱いはJRAの競馬用語辞典を確認すると、1984年から格付けされた制度であることを押さえられます。
誤解しやすい点
キョウエイグリーンについて最も誤解しやすいのは、現在のレース格付けと当時の実績を同じ言葉で扱ってしまうことです。
安田記念とスプリンターズステークスは現在の競馬では大きなG1競走として知られますが、キョウエイグリーンが勝った1973年と1974年は日本のグレード制導入前でした。
- 馬名表記はキヨウエイグリーンも使う
- 当時の馬齢は現在表記と異なる
- 1970年代はグレード制導入前
- 現在のG1表記へ単純換算しない
こうした注意点を先に示しておくと、読者は数字の派手さだけでなく、時代背景を含めてキョウエイグリーンの実績を受け止めやすくなります。
ほかの馬との比べ方
キョウエイグリーンをほかの名牝と比べる場合は、単純なG1勝利数ではなく、当時の競走体系、出走数、勝ち鞍の距離、レース名の継続性を合わせて見る必要があります。
現代の牝馬はローテーションが整備され、短距離、マイル、中距離で路線が分かれていますが、1970年代前半の牝馬は現在よりも幅広い距離や条件を使われることがありました。
キョウエイグリーンは35戦を走り、1200メートルのスプリンターズステークスと1600メートルの安田記念を勝ったため、比較軸としてはスピードの持続力と出走経験の多さが重要になります。
同時代の馬や同じレースを勝った馬と並べると、早期完成型でありながら古馬期にも代表的勝利を残した点が、キョウエイグリーンならではの強みとして浮かび上がります。
キョウエイグリーンを今見る価値
キョウエイグリーンは、現代の派手な映像資料や詳細なラップ分析が豊富に残るタイプの馬ではありませんが、競走馬名鑑で振り返る価値は十分にあります。
その理由は、短距離とマイルという現在でも競馬ファンの関心が高い条件で大きなレースを勝ち、2歳時の完成度から古馬期の安田記念勝利まで、競走生活の中に複数の見どころを持っているからです。
また、グレード制導入前の勝ち鞍をどう読むかというテーマは、昔の名馬を調べるうえで欠かせない視点であり、キョウエイグリーンはその学びの入口としても分かりやすい存在です。
名鑑として整理するなら、キョウエイグリーンは1969年生まれの鹿毛牝馬で、中央35戦11勝、安田記念とスプリンターズステークスを制したスピード型の実力馬とまとめるのが最も伝わりやすい表現です。
数字の上では11勝という勝利数、内容の上では1200メートルから1600メートルの強さ、歴史の上では現在も続く大レース名に勝った牝馬という三つの切り口で読むと、キョウエイグリーンの魅力はより立体的に見えてきます。



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