ペルーサは、2010年の青葉賞を圧勝しながらクラシック本番では勝ち切れず、その後もGⅠで存在感を示し、長い勝利からの空白を経て8歳で劇的に復活したことで語り継がれる競走馬です。
競走馬名鑑として見ると、ペルーサの魅力は単に重賞勝ち馬という肩書きだけでは説明し切れず、デビューからの鮮烈な連勝、出遅れや体調面との戦い、古馬相手の好走、そして5年3か月8日ぶりの勝利という物語性が重なっています。
本記事では、JRAの競走馬情報や青葉賞の公式レース回顧、競走馬のふるさと案内所などで確認できる基本データをもとに、ペルーサのプロフィール、代表レース、血統背景、ファンに愛された理由、名鑑として押さえたい見どころを整理します。
競馬を見始めたばかりの人でも、当時を知るファンでも読みやすいように、成績の数字だけでなく、なぜペルーサが「惜しかった馬」ではなく「忘れにくい馬」として記憶されているのかが伝わる構成で振り返ります。
ペルーサはどんな競走馬?
ペルーサは、父ゼンノロブロイ、母アルゼンチンスター、母の父Candy Stripesという血統を持つ栗毛の牡馬で、美浦の藤沢和雄厩舎に所属していた競走馬です。
JRAの競走馬情報では、2007年3月20日生まれ、北海道千歳市の社台ファーム生産、馬主は山本英俊氏、2016年7月1日に競走馬登録を抹消した馬として掲載されています。
通算成績は28戦5勝で、代表的な勝ち鞍は2010年の青葉賞ですが、2010年の天皇賞秋2着、2011年の天皇賞秋3着、2015年の札幌日経オープン勝利など、勝ち星以上に濃い足跡を残しました。
基本プロフィール
ペルーサの基本プロフィールでまず押さえたいのは、クラシックを意識される素質馬としてデビュー前から注目され、藤沢和雄厩舎らしい余裕のある育成過程の中で頭角を現した点です。
JRAの公式データでは、父がゼンノロブロイ、母がアルゼンチンスター、母の父がCandy Stripes、生産牧場が社台ファーム、産地が千歳市、毛色が栗毛、取引市場が2007年セレクトセールと確認できます。
馬名の意味はディエゴ・マラドーナの愛称であり、競馬ファンだけでなくサッカーファンにも印象を残しやすい響きを持っていたことが、名前の記憶されやすさにもつながりました。
総賞金は293,084,000円で、重賞勝利は青葉賞の1勝にとどまったものの、GⅠ戦線で上位に入った実績と復活勝利のインパクトによって、単なる一重賞馬以上の存在感を放った馬です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 馬名 | ペルーサ |
| 欧字表記 | Pelusa |
| 生年月日 | 2007年3月20日 |
| 父 | ゼンノロブロイ |
| 母 | アルゼンチンスター |
| 厩舎 | 藤沢和雄厩舎 |
| 主な勝ち鞍 | 2010年青葉賞 |
名鑑で整理する場合は、プロフィールの数字だけでなく、良血、名門厩舎、クラシック候補、長い不振からの復活という複数の要素を合わせて理解すると、ペルーサらしさが見えやすくなります。
デビューから青葉賞まで
ペルーサの競走生活で最も鮮烈だった時期は、デビューから青葉賞までの無傷の4連勝であり、この期間だけを見ると世代トップクラスの完成度と将来性を同時に感じさせる内容でした。
新馬戦を勝った後、条件戦を重ねながら若葉ステークスを制し、さらにダービートライアルの青葉賞へ進む流れは、距離適性と東京コースへの対応力を強く印象づけるものでした。
青葉賞では単勝1番人気に支持され、直線で先行勢を力強くかわして後続に4馬身差をつけ、JRAのレース回顧でも日本ダービーへ向かう圧勝劇として扱われています。
この時点のペルーサは、父ゼンノロブロイが青葉賞を勝って日本ダービー2着だった背景も重なり、父の無念を息子が晴らすのではないかという物語まで背負う存在になっていました。
ただし、青葉賞の強さがあまりにも鮮やかだったため、その後の日本ダービーで求められる期待値が一気に高まり、結果として勝てなかった時の落差も大きく受け止められることになりました。
日本ダービーでの評価
2010年の日本ダービーに向かうペルーサは、青葉賞の勝ち方から本番でも有力候補と見なされ、皐月賞を経由しないローテーションながら高い支持を集めました。
しかし、ダービーは能力だけで押し切れる舞台ではなく、多頭数、ペース、位置取り、折り合い、仕掛けのタイミングなど、若い馬にとって厳しい要素が一度に問われるレースです。
ペルーサは本番で6着に敗れ、勝ったエイシンフラッシュとの差によってクラシック制覇には届きませんでしたが、青葉賞馬としてダービー上位人気に推された事実は、当時の評価の高さを物語っています。
名鑑として振り返るなら、日本ダービーの敗戦は単なる失敗ではなく、ペルーサが「能力は高いが、すべてがかみ合わないと頂点までは届かない馬」として見られるきっかけになった重要な分岐点です。
その後のキャリアを考えると、このダービー6着は終わりではなく、秋の天皇賞で古馬相手に再び存在感を示す前段階として位置づけると、ペルーサの評価をより立体的に捉えられます。
天皇賞秋の好走
ペルーサの能力を語るうえで欠かせないのが、3歳秋に挑んだ2010年の天皇賞秋であり、クラシック本番で勝ち切れなかった馬が古馬の一線級を相手に2着へ入ったことは大きな価値があります。
東京芝2000メートルは、スタート直後の位置取り、道中のリズム、直線での瞬発力が問われる舞台であり、若い3歳馬にとって経験豊富な古馬と戦うには簡単な条件ではありません。
それでもペルーサは、持ち前の末脚と東京コースへの適性を示し、GⅠタイトルこそ手にできなかったものの、世代限定戦だけの馬ではないことを証明しました。
翌2011年の天皇賞秋でも3着に入っており、東京芝2000メートルの大舞台で2年続けて馬券圏内に入った点は、重賞1勝という成績表だけでは見落とされやすい強みです。
勝ち切れない印象と好走能力が同居していたため、ペルーサはファンの間で「いつかGⅠに手が届くのではないか」と期待され続ける馬になりました。
勝てない時期の印象
青葉賞の後、ペルーサは長く勝ち星から遠ざかり、好走しても勝利までは届かないレースが続いたため、ファンの記憶には期待と歯がゆさがセットで刻まれました。
競馬では、強い内容で重賞を勝った馬ほど次の勝利が当然のように期待されますが、ペルーサの場合は出遅れの印象や体調面の難しさもあり、能力を出し切れない場面が目立つようになりました。
ただ、勝てない期間にも天皇賞秋や日経賞、白富士ステークスなどで存在感を示しており、完全に力が通用しなくなったわけではないところがペルーサの評価を難しくしています。
この時期のペルーサは、馬券的には扱いづらい存在である一方、能力の片りんを見せるたびに応援したくなる馬でもあり、ファン心理を強く動かすタイプの競走馬でした。
名鑑では、勝てない時期を単なる低迷として片づけるのではなく、素質、課題、体調、年齢、陣営の試行錯誤が重なった長い物語として見ることが大切です。
札幌日経オープンの復活
2015年の札幌日経オープンは、ペルーサのキャリアを語るうえで青葉賞と並ぶ象徴的なレースであり、8歳になってから5年3か月8日ぶりの勝利を挙げたことで大きな話題になりました。
この勝利は、2010年の青葉賞以来となる久々の白星で、ラジオNIKKEIの報道でもJRA史上最長勝利間隔の記録を更新した出来事として紹介されています。
札幌芝2600メートルという舞台で、ルメール騎手を背に逃げ切る形で勝った内容は、かつての切れ味だけでなく、年齢を重ねた馬が別の形で勝利をつかんだ印象を残しました。
後にこの記録は更新されましたが、ペルーサが1925日ぶりの勝利によって競馬ファンに与えた感動は色あせず、長く応援した人ほど報われた気持ちになった一戦でした。
重賞勝ち馬としてだけでなく、長い空白を越えて再び勝った馬として記憶されることが、ペルーサの名鑑的な価値をさらに高めています。
引退後の歩み
ペルーサは2016年7月1日付で競走馬登録を抹消され、引退時には種牡馬となる予定と報じられ、競走生活で示した個性を次世代へつなぐ立場になりました。
競走馬のふるさと案内所では、ペルーサの繋養先としてモモセライディングファームが掲載されており、見学可否については事前確認が必要と案内されています。
種牡馬としては大規模な活躍馬を多数送り出すタイプではありませんが、主な産駒としてラペルーズが掲載されており、競走馬としての血が次代に受け継がれたことが確認できます。
現役時代の人気馬が引退後にどこで過ごしているのかを知ることは、名鑑を読む楽しみの一つであり、ペルーサの場合も競走成績だけでなく余生や見学情報まで含めて関心を持たれています。
見学を考える場合は、牧場は観光施設ではなく馬の生活場所であるため、公開情報を確認し、予約やマナーを守り、馬の状態を最優先にする姿勢が欠かせません。
名鑑での位置づけ
ペルーサを競走馬名鑑に載せるなら、青葉賞馬、GⅠ好走馬、長期未勝利からの復活馬という三つの肩書きを中心に整理すると、その個性が最も伝わりやすくなります。
通算28戦5勝という数字だけを見ると、同世代のGⅠ馬と比べて目立ちにくい部分もありますが、2010年世代の濃いメンバーの中でクラシック前から注目され、古馬戦線でも上位に入った実績は軽視できません。
また、ペルーサは勝ち負けの明確な結果以上に、レース前の期待、出遅れへの緊張、直線での伸び、復活勝利への歓喜といった感情の振れ幅をファンに与えた馬でした。
競走馬名鑑においては、GⅠ勝利の有無だけで名馬性を判断するのではなく、どのような場面で競馬ファンの記憶に残ったのかを含めて評価することが重要です。
その意味でペルーサは、戦績表の数字とファンの記憶の間にある温度差を教えてくれる、非常に名鑑向きの一頭だといえます。
ペルーサの成績を時系列でたどる

ペルーサの成績を理解するには、単に勝利数を数えるよりも、デビュー直後の上昇期、クラシック後のGⅠ挑戦期、長い未勝利期、8歳での復活という流れで見るほうがわかりやすくなります。
特に、青葉賞の圧勝と札幌日経オープンの復活は、どちらも勝利でありながら意味が異なり、前者は将来への期待を膨らませた勝利で、後者は長く応援したファンに報いる勝利でした。
ここでは、成績表に並ぶ数字を時系列の物語として整理し、ペルーサのキャリアがどのように評価されてきたのかを確認します。
若駒時代の上昇
若駒時代のペルーサは、レースを使うごとに評価を高め、デビューから青葉賞まで負けなしで進んだことで、クラシック候補としての存在感を一気に強めました。
藤沢和雄厩舎の管理馬らしく、東京コースで長く良い脚を使える印象が強く、距離が延びても対応できる余地を見せていたことが、青葉賞での圧倒的人気につながりました。
- 新馬戦から素質を示す
- 若葉ステークスで評価を高める
- 青葉賞で重賞初制覇
- 日本ダービーの有力候補になる
この時期のペルーサは、まだ課題よりも伸びしろのほうが大きく見られており、青葉賞の勝ち方によって「クラシックを勝てるかもしれない馬」として期待が膨らみました。
古馬相手の善戦
ペルーサはクラシックでタイトルを取れなかったものの、3歳秋以降に古馬相手のGⅠで好走したことにより、世代限定の勢いだけではない能力を示しました。
特に2010年の天皇賞秋2着と2011年の天皇賞秋3着は、東京芝2000メートルで高いパフォーマンスを見せた代表例であり、東京コースへの適性を強く印象づける結果でした。
| 時期 | 主な内容 | 評価 |
|---|---|---|
| 2010年春 | 青葉賞1着 | クラシック候補 |
| 2010年秋 | 天皇賞秋2着 | 古馬級の力 |
| 2011年秋 | 天皇賞秋3着 | 東京適性を再確認 |
| 2015年夏 | 札幌日経OP1着 | 復活の象徴 |
GⅠを勝てなかったことは事実ですが、GⅠで複数回上位に入った実績は、ペルーサが重賞1勝だけで語れない馬であることを裏づけています。
晩年の復活劇
晩年のペルーサは、成績だけを見ると苦しい時期が続いていましたが、2015年の札幌日経オープンで見せた勝利によって、キャリアの印象を大きく変えました。
競走馬にとって8歳でのオープン勝利は簡単なことではなく、若い頃の瞬発力だけではなく、経験や展開、騎手との呼吸、馬自身の状態がうまくかみ合った結果といえます。
この復活勝利は、青葉賞以来の勝利という数字のインパクトだけでなく、長く勝てなくても走り続けた馬が再び先頭でゴールするという競馬らしいドラマを示しました。
ペルーサのキャリアを時系列で見ると、輝かしいスタート、悔しい敗戦、長い模索、劇的な復活が一つの流れになっており、成績表以上に物語性のある競走生活だったことがわかります。
ペルーサの血統が示した個性
ペルーサの血統を理解すると、なぜ東京の中距離から長めの距離で期待されたのか、なぜクラシック候補として見られたのかが見えやすくなります。
父ゼンノロブロイは現役時代に天皇賞秋、ジャパンカップ、有馬記念を制した名馬であり、持続力、総合力、東京コースへの適性をイメージさせる存在でした。
母アルゼンチンスターはアルゼンチン由来の血を持ち、母の父Candy Stripesを通じて日本の主流血統とは少し違う奥行きを与えていた点も、ペルーサの個性を語る材料になります。
父ゼンノロブロイの影響
父ゼンノロブロイの影響としてまず考えたいのは、東京芝の中長距離で能力を発揮するイメージがペルーサにも強く引き継がれていたことです。
ゼンノロブロイ自身も青葉賞を勝ち、日本ダービーで2着に入った馬であり、その息子であるペルーサが青葉賞を勝ったことは、血統的な連続性を感じさせる出来事でした。
- 東京芝向きの総合力
- 中距離から長距離への対応
- 直線で長く脚を使う能力
- クラシック向きのスケール
もちろん、父の実績がそのまま子に再現されるわけではありませんが、ペルーサの青葉賞や天皇賞秋での好走を見ると、東京コースで長く脚を使う資質は血統背景とよく重なります。
母系の奥行き
母アルゼンチンスターはアルゼンチン産の牝馬で、父Candy Stripes、母Diferenteという血統を持ち、ペルーサに日本の主流サンデーサイレンス系とは違う母系の奥行きを与えました。
Candy StripesはBlushing Groomを父に持つ血であり、母系に入ることでスピードやしぶとさ、国際的な血統背景を感じさせる要素として見ることができます。
| 血統要素 | 見どころ |
|---|---|
| 父系 | ゼンノロブロイ |
| 母系 | アルゼンチン由来 |
| 母父 | Candy Stripes |
| 印象 | 中距離の総合力 |
ペルーサの血統は、父の王道路線向きのスケールと、母系の国際的な背景が組み合わさった配合であり、デビュー前から期待されやすい材料がそろっていました。
配合から見える適性
ペルーサの適性を配合から見ると、短距離の鋭さで勝負するタイプというより、東京の広いコースでじっくり加速し、直線で長く脚を使うタイプとして理解しやすくなります。
青葉賞の芝2400メートルで見せた強さ、天皇賞秋の芝2000メートルでの好走、札幌日経オープンの芝2600メートルでの復活は、いずれも一定以上の持続力と距離対応力が必要な舞台でした。
一方で、ゲートや気性、体調面の不安がレース結果に影響した時期もあり、血統的な素質が高くても、実戦で毎回同じパフォーマンスを出す難しさがあったことも否定できません。
そのため、ペルーサの血統評価は「能力の裏づけ」と「安定して発揮する難しさ」の両方を含めて見ると、現役時代の印象と自然につながります。
ペルーサがファンに記憶された理由

ペルーサが今も語られる理由は、GⅠを勝ったからではなく、むしろ届きそうで届かなかったもどかしさと、長い時間を経て再び勝利した感動が強く残っているからです。
競馬ファンは、完璧に勝ち続ける馬だけでなく、弱点を抱えながらも大舞台で見せ場を作る馬や、時間をかけて復活する馬にも強く心を動かされます。
ここでは、ペルーサが単なる戦績以上に愛された理由を、レース内容、キャラクター、記憶に残る場面という観点から整理します。
出遅れの緊張感
ペルーサを語るとき、出遅れの印象を避けて通ることはできず、レース前からスタートがどうなるかを気にして見守るファンも少なくありませんでした。
スタートで後手を踏むと、特にGⅠのような高いレベルのレースでは位置取りが苦しくなり、直線で良い脚を使っても勝ち切るには大きなロスになります。
- スタートへの不安
- 後方からの追走
- 直線での伸び
- 届きそうで届かない印象
ただし、出遅れは単なる欠点としてだけでなく、後方からどこまで追い込めるかという独特の緊張感を生み、ペルーサのレースを見守る楽しさにもつながっていました。
勝ち切れない強さ
ペルーサの魅力を一言で表すなら、勝ち切れないのに弱くは見えない馬だったという点にあります。
天皇賞秋で2着や3着に入るだけの力を見せながらGⅠタイトルに届かなかったことは、成績表の上では惜敗ですが、ファンの記憶では能力の証明として残ります。
| 印象 | 理由 |
|---|---|
| 強い | GⅠで好走 |
| 惜しい | 勝利に届かない |
| 気になる | 課題が明確 |
| 応援したい | 復活の余地 |
こうした馬は、完全無欠の名馬とは違う形でファンの感情を引き寄せ、次こそはという期待を長く持たせる存在になります。
復活が生んだ余韻
2015年の札幌日経オープンでの復活は、ペルーサに対する印象を「惜しかった馬」だけで終わらせず、「長く走り続けて報われた馬」へと変えました。
5年3か月8日という長い勝利間隔は、競走馬のキャリアでは非常に長く、その間にファンの期待が薄れても不思議ではありませんでした。
それでもペルーサは再び勝利し、しかもオープン特別で存在感を示したため、当時を知るファンにとっては青葉賞とは違う意味で忘れられない勝利になりました。
この余韻こそが、ペルーサを名鑑で取り上げる価値を高めており、競馬には結果だけでなく時間が積み重なって生まれる感動があることを教えてくれます。
ペルーサを名鑑で振り返る要点
ペルーサを競走馬名鑑として振り返るなら、まず2010年の青葉賞を圧勝したクラシック候補としての姿を押さえる必要があります。
そのうえで、日本ダービーでは6着に敗れたものの、3歳秋の天皇賞秋で古馬相手に2着へ入り、翌年の天皇賞秋でも3着に入ったことで、GⅠ級の能力を持っていたことを確認できます。
さらに、青葉賞以来の勝利から長く遠ざかった後、2015年の札幌日経オープンで5年3か月8日ぶりに勝利した出来事は、ペルーサの名を競馬ファンの記憶に深く刻みました。
血統面では、父ゼンノロブロイの東京中長距離向きのスケールと、母アルゼンチンスター、母父Candy Stripesによる国際的な母系背景が組み合わさり、若い頃から大きな期待を集めるだけの材料がありました。
GⅠ勝利がなくても、強さ、もどかしさ、復活、余生への関心まで含めて語られるペルーサは、数字だけでは測れない競走馬の魅力を伝える一頭です。



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